高速バスに乗って被災地に義援金を
高速バスを利用するごとに、被災地に義援金が送られるサービスを行っているバス会社があります。趣味の旅行や出張などを兼ねて被災地の復興支援ができるので、無理のない寄付を行えます。高速バスの料金はいつも通りの金額で、バス会社が利用料金の一部を被災地に送ってくれるシステムです。東北への被災地方面に向かう高速バスもあるので、応援の旅に出るにも一石二鳥です。
夜行バスに乗ると、いくつかの場所で停車をするのたが、消灯時間後に停車する場合があると室内灯が付き、眠りについたところなのに眠気が冷めてしまい、寝そこなうということがあったりする。夜行バスなのでほとんどが寝て過ごし現地到着を待つというのが夜行バスの過ごし方なのだが消灯時間後の停車というのは、改善が必要だと思う。
東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた亘理町は6日、姉妹都市の北海道伊達市に移住し、イチゴの栽培指導員に就任するイチゴ農家6人の壮行会を開いた。同市が支援策として亘理町に提案し、町が希望者を募っていた。4人が10日、2人が8月下旬に同市に出発する。
指導員の最年少は同町吉田、小野彰吾さん(21)、最年長は同町吉田、鈴木敏秋さん(56)。畑が復旧するまでの約2年間、同市で暮らす。同市からの支援は、指導員が住む住居の家賃は無料としたほか、賃金を支給する。
壮行会で斎藤邦男町長は「苦渋の選択をされたと思う。もう一度町のブランド復活のため復旧・復興に努力したい」とあいさつした。農家を代表して同町舘南、丸子裕人さん(32)が「もうイチゴが作れないのかと絶望した。心温まる伊達市の申し入れでイチゴを作りたい気持ちが強くなった。亘理の誇りを持って栽培に貢献したい」と決意を述べた。【豊田英夫】
7月8日朝刊
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◇震災乗り越え練習
9日の大会開会式で、球児たちの先陣を切って球場内を行進する高校生がいる。20年以上にわたって、高校野球を盛り上げてきた県立大洗高校マーチングバンド部「ブルーホークス」だ。
「この暑さに慣れろ!」。7月5日午前7時半、大洗町大貫にある大洗高の校庭。真夏を思わせる照り付ける日差しの中、ブルーホークスのメンバー73人が、隊列を組んで歩きながら演奏するドリルの練習に励んでいた。位置や動きを何度も何度も入念にチェックする。「もう一回!」。有國浄光監督(58)が活を入れる。
75年に吹奏楽部として発足。91年にブルーホークスと命名した。「ブルー」は太平洋を表すスクールカラーの青、「ホークス」は鋭い動きのタカだ。年間に国内で約100回の演奏をこなし、昨年12月のマーチングバンド全国大会高校の部(中編成)で金賞を受賞するなど、全国レベルを誇る。
開会式を目前に控えた、例年通りの練習風景。だが実は「震災で楽器が全部無事だったのは奇跡的」と部長の瀬田菜月さん(17)は振り返る。
3月11日の東日本大震災発生時、部員たちは合奏室で、たまたま全学年がそろう器楽の授業中。部員全員が楽器を手に持っていたため、無傷。揺れが収まってから楽器を部屋の中央に集め、外に逃げた。「通常の授業なら、おきっぱなしの楽器がどれだけ被害に遭っていたことか」(有國監督)
また、前代未聞の「ブランク」も生じた。部員のほぼ半数に当たる36人が他県を含め町外から来ている寮生で、震災後は全員実家などに一時避難。全員そろって本格的な練習を再開できたのは3月下旬だった。ブルーホークスは3日以上続けて練習を休んだことはなく、約2週間の休みは痛手。6月以降復興をテーマにしたイベントが増え、空白を取り戻せた。
ブルーホークスにとって、開会式は音楽ファンならぬ野球ファンに演奏を披露する貴重な機会。今年はさらに「球児を盛り上げ、茨城を励ます」という使命が加わった。瀬田さんは力を込める。「『ようし、おれたちも頑張るぞ!』とやる気になってもらえるような演奏を見せたい」
◇ ◇
この企画は佐久間一輝が担当しました。
7月8日朝刊
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◇稲の生育「まだ油断できねえ」
仙台市若林区荒井の農業、木村浩市さん(53)の水田を訪ねると、30センチほどの高さに生育した青々とした苗が海からの風になびいていた。まるで緑のじゅうたん。サラサラと葉の擦れ合う音が心地よい。
「今日は家の畑」というので自宅に寄って、稲の生育具合を聞く。例年より20日ほど遅い田植えだったが、ここのところの高温続きもあり、遅れを取り戻しつつあるそうだ。それでも「まだ油断はできねえな」と木村さんは慎重だ。「俺も塩害の経験は初めてだがら。なんでも黒っぽい穂が出ることもあるらしい」。8月中旬とみられる出穂期にならなければ順調かどうかは判断できないという。
「面白いの見してやる」と、木村さんは自宅に隣接した水田に案内してくれた。敷地内を覆った汚泥の捨て場にしたため、わらごみや汚泥の小さな山がある。そこにジャガイモの白い花が咲いていた。
「塩水かぶったジャガイモを捨てたんだ。そしたらヘドロの中でも自分で成長してる。たいした生命力だ」
ビニールハウスの野菜も順調に生育している。6月初旬に植えた直後には「キュウリは塩に弱いっつうからちょっと心配だな」と話していた木村さんだが、丸々と立派に育ったキュウリを手に「大丈夫だったよ」とうれしそうだ。
おすそ分けにもらったキュウリにかぶりつくと、みずみずしい初夏の味がした。【高橋宗男】
◇
「被災農家の初夏」は随時掲載します。
7月8日朝刊
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